「鬼にも蛇にもなるつもりが、いるかになった」
                             『大将浪漫』より、ゑ嶋大将の台詞

異界のゑ嶋を舞台の小説を、クロノスが書きました。
ここに登場する陸を歩くいるか、「大将」は、現世の人間の生まれ変わりという設定です。
しかも、西暦1941年、2月に大東亜戦争で海に散った、零戦の搭乗員、その変化(へんげ)と。

彼は米国の空襲で家族を失い、不毛さが“鬼畜米英殺し”に傾けさせます。
手ごわい米国軍相手、やはり守るものが必要。 それが飛行場そばの子たち。
彼らの「がんばってぇ〜!」に、彼は“鬼にも蛇にも”と獅子奮迅。 しかし・・・
挑んでくる米国敵機の搭乗員の眼に、“子らとおなじ眼を観て”しまう。
その瞬間、彼は銃撃され・・・いるかに転生。

子らを真っ直ぐ想ったら、愛されるキャラクターに。
それを識るべく、彼はゑ嶋で一世紀に渡り独自に業を行い、覚者になります。
そして、天寿を全うし、命がけで戦った相手にさえ、愛される者となるのです。

“愛を育む”これが、生き物の目的。戦いはその手段。 でも、この手段が目的にすりかわると?
“純粋に戦いが目的”。 戦うしかない、つまり憎悪のカタマリ。 “鬼や蛇”も、当然です。

マーケティングの世界では、“目的と手段が入れ替わると会社は傾く”と結論がでたそうです。
わたし達が破綻を迎えそうなとき、ふりかえって目的を観る。 生きるとは? 愛の育みでしょう?
そのためには、“わたしの場合なにを”?と、じぃ〜っと、己を観る

ちなみに、第二次大戦で大もうけの大手米国武器会社、その後ツブれるか、買収され、今に到ります。
・・・当時は大喜びの人たち、その後は? ・・・勝っても破壊にしあわせはない、その好例です。

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